家紋市場家紋マークのドームシールやキーホルダーを作っちゃおう!!
お目当ての家紋を探して、家紋の立体シール(エンブレムシール)メタルドームキーホルダー、ハメパチキーホルダーを注文できます。

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姉妹サイト「和市場」では様々な家紋グッズを販売致しております。

下記バナーより「和市場」へもお越し頂けますようお願い申し上げます。

和市場:家紋グッズいろいろあります

 

おすすめ商品

 

家紋入り御朱印帳
家紋額 ー円(つぶら)
家紋入りアルミスライドカードケース
家紋エンブレム
家紋入り隈取りストラップ3025
家紋蒔絵シール

「和市場」ではこの他にも沢山の家紋グッズをご用意しております。

2016年 年間家紋アクセスランキングベスト100

 「2016年年間家紋アクセスランキングベスト100」の第1位は「丸に橘(まるにたちばな)」。「橘(たちばな)」紋は、ミカン科の常緑小高木であるタチバナが紋章化された家紋。実の下部に対生する2枚と、実のうしろから先端が出ている3枚の葉が特徴的です。「丸に橘」は、「橘」紋の中で最も多く用いられているとされています。今年(2017年)放送されている大河ドラマ「おんな城主 直虎(おんなじょうしゅ なおとら)」の主人公「井伊直虎(いい なおとら)」の井伊氏の代表紋でもあり、注目の家紋です。
第2位は「丸に剣片喰(まるにけんかたばみ)」。
 「片喰(かたばみ)」紋は、カタバミ科の多年草である片喰の葉、実、花を紋章化した家紋。ハート形の3枚の葉が特徴的です。「片喰」紋の葉と葉の間に剣の入った「剣片喰」は、現在では「片喰」紋より多く用いられているとされています。第3位は「下がり藤(さがりふじ)」。「藤」紋は、マメ科の蔓性落葉木本の藤の葉と花を紋章化した家紋。藤原氏の代表紋であるほか、「石田三成(石田家)」や「加藤嘉明(加藤家)」が使用していた家紋としても有名です。(後略)(MNKニュースより)

こちらから引用させて頂きました

ゴンドラに"直虎ちゃん" かんざんじロープウェイ

 浜松市西区の「かんざんじロープウェイ」で20日、市のマスコットキャラクター「出世法師直虎ちゃん」と「出世大名家康くん」がデザインされたラッピングゴンドラの運行が始った。
 ロープウェイを管理する遠鉄観光開発(加茂敬夫社長)が、大河ドラマ「おんな城主 直虎」の放送に合わせて2台のラッピングゴンドラを用意した。一台に直虎ちゃんと井伊家の家紋、もう一台に家康くんと徳川家の家紋をプリントした。ゴンドラのラッピングは初の試み。乗降場があり、ドラマ舞台を一望できる大草山頂上の「大草山展望台」には、直虎や家康ゆかりの地を示した案内図なども設置した。 (後略)(ヤフーニュースより)

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大河ドラマ「おんな城主 直虎」ゆかりの地で直虎仕様のロープウェイが運行!?

 2017年2月20日(月)から2018年3月31日(土)まで、「かんざんじロープウェイ」(静岡県浜松市)で、井伊直虎仕様のラッピングゴンドラが運行する。初日となる2月20日(月)の8:30より、かんざんじ駅の乗降ホームで出発式が行われ、浜松市のマスコットキャラクター「出世法師直虎ちゃん」と「出世大名家康くん」が登場。年次点検のため同ロープウェイは現在運行を休止しており、出発式でのラッピングゴンドラのお披露目と共に運行を再開する。(中略)
 かんざんじロープウェイは、浜名湖内浦湾を渡り、舘山寺町と大草山展望台を結ぶロープウェイ。大草山展望台では大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK総合ほか)の舞台である浜松市を一望できる。ラッピングされるゴンドラは2台。西側を運行する1号器は赤色にラッピングされて、「出世法師直虎ちゃん」と共に、井伊家の家紋が描かれる。東側を運行する2号器は緑色にラッピングされ、「出世大名家康くん」と葵の家紋が描かれる。(後略)(ヤフーニュースより)

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「真田丸」いざ台湾出陣 きょう放送開始、観光誘客期待 長野

 昨年12月に放送を終えた信州ゆかりの戦国武将、真田信繁(幸村)の生涯を描いたNHK大河ドラマ「真田丸」(全50回)が、16日から台湾で放送される。同地域からは年間約28万人が県内を訪れるとあって、昨年は空前の熱気に包まれた上田市や長野市では、台湾発の"真田ブーム"の到来に期待が高まっている。(中略)
 「真田家の隠し湯」とされる同市の別所温泉・上松屋旅館の倉沢章社長(66)は3月、台湾に飛び、真田家の家紋「六文銭」をあしらった陣羽織とかぶとをまとって同温泉などをPRする予定だ。「台湾で真田丸がブームとなり、信州への観光誘客につながることを期待している」と話した。(後略)(ヤフーニュースより)

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<上杉雪灯篭>米沢の夜彩 40回目準備

 山形県米沢市の冬の夜を彩る「上杉雪灯篭(ゆきどうろう)まつり」(2月11、12の両日)が今年40回目を迎えるのを記念し、市民団体が竹の筒にろうそくの火をともす「竹あかり」のイベント準備に取り組んでいる。戦没者への献灯の意を込めた上杉雪灯篭まつりの明かりに広がりを持たせ、幻想的な夜の空間を演出する。東日本大震災から6年となる3月11日には復興祈念として再び灯をともす計画だ。(中略)
 プロジェクト事務局の相田隆行さん(42)は「竹あかりという新しい明かりで震災への思いを共有し、心のつながりができたらいいと思う。竹は米沢藩主上杉家の家紋でもあり、今後、市内の他のイベントにも広げたい」と話す。(後略)(ヤフーニュースより)

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<びわ湖観光船>「直政」3月就航 湖上で「井伊の赤備え」

 NHK大河ドラマで、後に彦根藩主となる井伊家に焦点を当てた「おんな城主直虎」が今月始まったのに合わせ、近江トラベル(本社・滋賀県彦根市)が3月1日から、初代彦根藩主の名を冠した「びわ湖観光赤備え船『直政』」を就航させる。
 従来の観光船「第5わかあゆ」(62トン、定員160人、全長22メートル)を改装した。外装、内装とも「井伊の赤備え」と恐れられた彦根藩士の朱色の甲冑(かっちゅう)にちなんで朱色に統一。操舵室の外側や船尾近くには、金色で井伊家の家紋や「直政」の文字を入れている。(後略)(ヤフーニュースより)

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方谷像に陣がさ 市民が心遣い? 高梁で除幕前、 市が持ち主捜す

 JR備中高梁駅前(岡山県高梁市旭町)に1月末に建立された備中松山藩の儒学者山田方谷の銅像が除幕前の数日間、陣がさを"着用"していたことが分かった。市民への披露まで風雨をしのげるように誰かがかぶせたとみられ、市は持ち主を捜している。(中略)
 陣がさは朱色のひし形の家紋が表面に記され材質は不明。市教委社会教育課は「江戸末期に武士階級が着用していたものではないか」という。(後略)(ヤフーニュースより)

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信長魂、躍る筆 学生チーム書道パフォーマンス

 織田信長公岐阜入城・岐阜命名450年記念事業の「新春書道パフォーマンス」が5日、岐阜市長良福光の岐阜メモリアルセンターで愛ドームで開かれた。県内や隣県の高校や大学の書道部など10チーム、約100人が出場し、縦4メートル×横6メートルの紙全体を使って信長をイメージした作品などを仕上げた。(中略)
 岐阜女子大(岐阜市)の学生は躍動しながら重さ10キロ超の大筆を走らせて「戦」と書き、信長の家紋のモチーフとなったボケの花が咲く春らしい絵も添えて取りを飾り、作品を掲げると観衆から拍手が送られた。(後略)(ヤフーニュースより)

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以前の豆知識

 

 

和市場:家紋グッズいろいろあります

家紋入りiPhoneケース

家紋入りガードフィルム

家紋額 ー円(つぶら)

家紋エンブレム

陶器製家紋入り楯

家紋ストラップ長方形3025

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お問い合せ

家紋とは古くから伝わる大切な家の印で、平安中期以降、公家が用いた興車や束帯などを他人と区別することを目的として使用されるようになり、いつしか世襲となりその家の紋章となったものです。
その後、武家の時代になるとともに馬印・指物・幌・幕・衣服・調度品などに家紋を表示するようになりました。
2万種とも3万種類とも言われている、日本で育まれた伝統文化の一つですが、家紋には著作権がなく(一部例外あり)だれでも用いる事が出来ますので、皆様もぜひ家紋グッズで楽しんでみてはいかがでしょうか。

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おすすめ商品

家紋スタンド・楯 家紋携帯クリーナー 家紋ひし型キーホルダー 家紋メタルドームキーホルダー大 家紋ストラップ風雅G 木曽檜一合枡

まめ知識

家紋や名字、その他「和」に関するミニコラム

前回までのまめ知識

  • もっと「家紋」を知りたい。という方へ
    今や入手困難な文献、書籍、紋帖など。また手に入れるにしても高額なもの、などもありますが「もっと深く家紋とつきあいたい」とおっしゃる方へのインフォメーションとして下記をご紹介しておきます。 お買い求め、または図書館等での閲覧の一助にして頂ければ幸いです。

    『見聞諸家紋』戦国時代

    『女中達紋尽』元禄10年(1697)
    『風流替紋づくし』延享年間(1744〜48)

    『早引紋帳大全』文政7年(1842)
    『風流紋帖早見大成』文久年間(1861〜64)
    『図解いろは紋帖大成』不明(昭和8年復刻版)
    『伊呂波引紋帳』明治14年(1881)
    『広益紋帖大全』明治24年(1891)
    『紋かがみ』明治36年(1903)
    『紋の志おり』明治39年(1906)
    『紋づくし』大正4年(1915)
    『紋之泉』大正15年(1926)
    『江戸紋章集』昭和2年(1927)
    『紋典』昭和7年(1932)
    『標準紋帖』昭和10年(1935)
    『平安紋鑑』昭和11年(1936)

    『日本紋章学』大正15年(1926)
    『綱要 日本紋章学』(普及版)昭和3年(1928)
    『紋章の研究』昭和15年(1940)
    『日本紋章大図鑑』昭和53年(1978)
    『紋章の再発見』昭和55年(1980)
    『日本家紋総鑑』平成5年(1993) 『紋帖による紋の違い』平成9年(1997)
    『都道府県別 姓姓家紋大事典』平成16年(2004)
    『家紋の事典』平成20年(2008)

以前の豆知識

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答え10036
足利尊氏の家紋は「足利二つ引両」。室町幕府の創設者。後醍醐天皇の挙兵の際、鎌倉幕府側として軍を率いて上洛したが、途中で反幕府を掲げて六波羅探題を攻略し、幕府に大打撃を与えた。後に後醍醐天皇と対立、征夷大将軍となり後の室町幕府を開いた。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10035
竹崎季長の家紋は「三つ目結に吉文字」。肥後国の御家人で阿蘇氏の一族。元冠における戦功の恩賞がないことを不服として鎌倉に出向き、幕府ヘ直訴。その結果、肥後国海東の地頭に任命された。元冠での自らの戦功を描かせた『蒙古襲来絵詞』でも知られる。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10034
菊池武房の家紋は「並び鷹の羽」。肥後国に本拠を置く菊池氏の十代当主。元寇での武勇が知られ、1274年の文永の役では、弟とともに出陣し、活躍を見せる。また、1281年の弘安の役においては、一族を率いて戦い、武功を挙げている。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10033
菊池武房の家紋は「並び鷹の羽」。肥後国に本拠を置く菊池氏の十代当主。元冠での武勇が知られ、1274年の文永の役では、弟とともに出陣し、活躍を見せる。また、1281年の弘安の役においては、一族を率いて戦い、武功を挙げている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10032
少弐景資の家紋は「寄掛目結」。筑後国の豪族。父や兄とともに、文永の役を戦う。この中で、敵将の劉復亭を矢で射止める武功を挙げた。これが認められ北九州に勢力を拡大したが、後に兄との家督争いに敗れ、命を落とす。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10031
和田義盛の家紋は「七曜」。三浦氏の一族で、頼朝の挙兵に参加。初代侍所別当を務め、頼朝の信頼も厚かった。頼朝の死後、有力御家人の失脚追放で北条氏に荷担するものの、自身も北条義時によって挙兵に追い込まれ、討ち死にする。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10030
宗像長氏の家紋は「丸に一つ柏」。宗像氏は筑前国の名族で、古くは玄界灘付近の海域を支配した海洋豪族である。また、宗像大社の大宮司家という役もあった。四十八代の長氏は弘安の役での奮戦により、幕府から肥前国神埼郡を与えられている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10029
佐々木信綱の家紋は「平四つ目結」。源平の合戦で頼朝を助けた佐々木定綱の子で、宇治川の戦いの先陣争いで知られる佐々木高綱の甥。承久の乱に幕軍として参加し宇治川で武功を挙げ、官軍側についた長兄に代わって近江地方の地頭職を得る。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10028
三浦義村の家紋は「三つ引両」。源氏方として挙兵し、鎌倉幕府成立後には北条氏に並ぶ力を持つ重臣となる。権力争いへの介入に積極的で、梶原氏、畠山氏、和田氏ら有力御家人の排斥に関わった。北条氏とも水面下で火花を散らしている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10027
畠山重忠の家紋は「村濃」。頼朝の忠勇の士として知られる。当初は平家方に属したが、後に頼朝に臣従。知勇を備えた武将であり、幕府創設の功臣となる。頼朝の没後、頼家の後見人を任されるが、初代執権の北条時政によって謀殺された。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10026
比企能員の家紋は「丸に割り菱」。頼家に娘を嫁がせ将軍の外戚として権力を持ち、その台頭を快く思わない北条時政・義時と対立を深める。これが「比企の乱」につながり比企氏は滅亡するが、実際には北条氏の大軍が一方的に攻め込んだものである。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10025
北条義時の家紋は「三つ鱗」。鎌倉幕府の二代目執権。武力と謀略で北条氏の権力強化と武士政権の確立を図った。後鳥羽上皇が起こした承久の乱を鎮めると、朝廷の監視機関である六波羅探題を設置して、朝廷と幕府の力関係を逆転させた。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10024
結城朝光の家紋は「左三つ巴」。小山朝政の異母弟で、頼朝の乳母を母に持つ。頼朝から下野国結城の地を与えられ、結城と名乗る。若い頃から念仏に傾倒しており、晩年は出家して信仰に生きた。それゆえ、幕府の内紛には巻き込まれることがなかった。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10023
答えは「日月(じつげつ)紋」。菊紋は後鳥羽上皇が用いはじめ、その後宇多天皇のときに正式な紋章と定めらましたが、もともとの家紋は「日月紋」で、現在も皇室で使用されています。
答え10022
小山朝政の家紋は「左二つ巴」。頼朝の挙兵に呼応し早々に参戦、一貫して源氏側に立って戦功を挙げてきた。その後、下野国の守護に任命される。父・政光の後妻は頼朝の乳母で、頼朝の平家打倒の書状に応え、実子・朝光を伴い参じている。(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)
答え10021
熊谷直実の家紋は「ほやに鳩」。頼朝に仕え活躍し御家人となるが、もとは平家方の武将であった。石橋山の戦い(1180(治承4年)8月)で敗れ山中に身を潜めていた頼朝を見つけるが、洞窟に潜ませほや(ヤドリギ)で入口を隠し、彼をかくまったという逸話が残る。(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)

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